「あなたの上に平安あれ、神の血よ!」
シーア派3代目イマーム フサイン(AS)は、その人格の観点からして“神の血(サーラ・ッラー)”である。それは社会における人間性の成長を保証する者という意味であり、つまり彼は社会の静脈における神のお導き(ガイド)です。
社会からイマーム(指導者)が奪われるとき、神の血、つまり社会から人間の生の要因が奪われることを意味します。
これに対する復讐は、人間の生の要因であるイマームを取り戻すことなのです。
「あなたの上に平安あれ、アブディッラーの父よ!」
カルバラの悲劇におけるイマーム フサイン(AS)の殉教を追悼する際、単に「イマームが殺害された」という観点からだけではなく、一体誰の上にこの災難が引き起こされたのか?ということに注意する必要があります。
事実は“人間性(人道)の父“の上に引き起こされた災難なのです。
このため、ズィヤーラト アーシュラーの中で“あなたの上に平安あれ、アブディッラーの父よ!(アッサラーム アライカ ヤー アバー アブディ・ッラー)”という部分に達するとき、“イマーム フサイン(AS)は父であること“が明らかになります。
この“あなたの上に平安あれ、アブディッラーの父よ!”には、イマーム フサイン(AS)が、アブディッラーの父であった(イマーム フサイン(AS)は、その兄2代目イマーム ハサン(AS)の殉教後、兄が遺した幼い息子アブディッラーの父となった)という事実以外の意味が込められています。
“アブディッラーの父よ”とはつまり、服従の父!神のすべてのしもべたちの父!という意味なのです。
ですから、私たちはそのことを自覚してズィヤーラト アーシュラーに向かい、その感覚を強化してゆくべきなのです。
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