- 何か不快、悲しい事件や出来事に悩まされた場合、彼は断食と礼拝を行うことで助けを求められました。
(クルアーン バカラ章45節より
وَ اسْتَعِينُوا بِالصَّبْرِ وَ الصَّلاةِ ...
つまり「忍耐と礼拝によって、(アッラーの)御助けを請い願いなさい。」参照)
そして彼の家族に貧困や災難が降りかかる時には、彼はこのように仰いました。「立ち上がり、礼拝を捧げなさい!我が主は私にそうするよう命じられたのである。」
- 災難が起こった時にはいつでも、彼はその日に千ラカートの礼拝を捧げ、60人の貧しい人々に喜捨を与え、そして3日間の断食を行われました。
- 彼のもとで最も好ましい礼拝は、たとえそれがごく簡単なものであっても(例えば就寝前に毎晩行われた2ラカートの礼拝など)継続されるものでした。また、彼は礼拝を始められるとそれを継続されました。
- 彼は、夜明け一番に2ラカートの任意の礼拝を簡潔に捧げられました。それから朝の礼拝を捧げる為に家を出てモスクに向かわれました。
- 彼は“義務の礼拝後の祈願“の功徳について、”ムスタハッブ(好ましい任意の)の礼拝“のそれよりも重要であると考えておられました。それゆえ、義務の礼拝後は祈願に熱中されました。
- 彼は尊敬すべきアリー(AS)にこのように仰いました「義務の礼拝のあとに必ず“玉座節(バカラ章255節)”を唱えなさい!この行為を預言者、誠実な者、殉教者以外には注意を払わないからものである。」
7.礼拝のサラームが終わると彼は3回タクビールを唱えられ、その際、両手を耳たぶの高さにまで上げられました。
- メディナへの移住後、まず最初に彼はモスクの建設にとりかかられました。
- モスクの建設において、彼自身も働かれました。そしてムスリマ(イスラム教徒の女性)たちの為にも女性専用の労働時間を設けられ、彼女らにもモスク建設に参加させられました。こうすることによって皆がモスクの建設に携わることが出来るようにされるのでした。
- 彼はいかなる礼拝も“クヌート”なしでは行われませんでした。
11.彼はモスクに入る際このように祈願されました。
اَللهُمَّ افتَح لِی اَبوابَ رَحمَتِکَ
「おおアッラー!あなたのご慈悲の門を私に開きたまえ!」
また、モスクから出る際にはこのように祈願されました。
اَللهُمَّ افتَح لِی اَبوابَ رِزقِک
「おおアッラー!あなたの糧の門を私に開きたまえ!」
- 彼は集団礼拝の列を非常に整然と秩序づけられ、そこにはいかなる乱れも見られませんでした。彼が礼拝のタクビール*を唱えようとした際、一人の男性の胸がほかの者たちよりも前に出ていることに気づいたときに、彼はこのように仰いました「神のしもべたちよ!列を整えよ!でなければあなた方の胸の間に相違が生じる!」
13.彼は単独で礼拝を捧げる際のルクーとサジダを長引かせられました。しかし集団礼拝においては、彼は完全な礼拝を捧げつつ、それは短く簡潔なもので、ルクーとサジダを長引かせはしませんでした。
14.礼拝を先導していた仲間の一人に対し彼はこのように仰いました「開端章のあと、小さな章を唱えよ!礼拝を長引かせてはならない!」
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