ムハンマド・アリーさんは1964年に世界王者に輝き、黒人指導者のマルコムXらの影響を受けてイスラーム教のシーア派になったことを発表。
本名のカシアス・クレイは「奴隷の名前だ。私が選んだのではない」として、ムハンマド・アリーに改名。
彼は存命中、シーア派を国教とするイランを訪問し、8代目イマームの眠る聖地マシュハドを巡礼するほか、テヘランの金曜礼拝にも参加した。
8代目イマームの眠る聖地マシュハドを巡礼
テヘランの金曜礼拝に参加
67年、ベトナム戦争で徴兵されたものの、信仰と反戦を理由に拒否。
「私とベトコン(南ベトナム解放民族戦線)には争いはない」「他人の命を奪う戦争に行くより、刑務所を選ぶ」と毅然(きぜん)と語った。
2001年の米同時多発テロの後、イスラム教徒に対する偏見が起きると、声を上げ、米国内で反イスラムが広がった際は「イスラム教は平和を意味する。イスラム教徒が原因だとレッテルを貼ることを見過ごせない」と批判。
アリー氏は、晩年32年間に渡りパーキンソン病を患っていました。
※ムハンマド・アリー:1942年1月17日、ケンタッキー州ルイビルで生まれ、1964年にイスラムに改宗し、改宗前のカシアス・クレイからムハンマド・アリーに改名。
ムハンマド・アリーは1981年の引退時まで、通算56勝5敗、うち37勝はKO勝ち。