15 10月 2016 - 15:31
イマーム フサイン(AS)カルバラの地で殉教

カルバラの悲劇に関して、ヒジラ61年ムハッラム(イスラム暦1月)10日「アーシュラー(アラビア語で10番目を意味する)」の日に起こった出来事

『イマーム フサイン(AS)が殉教する』

ヒジラ61年ムハッラム10日「アーシュラー」の日の昼(ズフル)の礼拝後、教友や近親の男性たちが次々に殉教を見守り、最後に一人残されたイマーム フサイン(AS)は、飢えと渇きに苦しみながら戦った末、カルバラの地で殉教した。

 

『72名の殉教者の中には次の人々が含まれている』

アリー アクバル(AS)イマーム フサイン(AS)の息子

カーシム イブン ハサン(AS)2代目イマームの10代の息子 イマームフサインの甥

アブドゥッラー イブン ハサン(AS)2代目イマームの息子 イマームフサインの甥

アッバース(AS)イマーム フサイン(AS)の異母弟

アリー アスガル(AS)イマーム フサイン(AS)の生後6か月の一番小さな息子

 

そのほかのこの日の出来事

・アフルルバイト(AS)が、イマームとその仲間たちの殉教に涙する

敵軍がイマームのキャンプを襲撃

イマームの殉教後、シーア派グループのファーティミーヤトとアラヴィヤートが砂漠へと逃れる

敵によって殉教者らの銅鎧と服が強奪される

敵が殉教者らとイマームの頭部を切断する

神の家の者たちのキャンプに火を放つ

テントの傍らでイマームの幼い娘たちの殉教

イマームの頭部がクーファに届けられる