私たちはしばしば、家族のすべての責務が子どもの肩にかかっていると思い込んでしまう。子どもは敬意を払い、従い、沈黙を守り、耐え忍び、決して両親に口答えしてはならないと。しかし同時に、父や母が我が子を辱め、その人格を傷つけ、兄弟姉妹の間で差別し、情緒的な欲求を無視し、あるいは粗暴で暴力的な態度で接しながら、それらすべてを「しつけ」という名目で正当化してしまうこともあり得る。イスラームはそのようなしつけを認めない。子どももまた一人の人間であり、人格、感情、尊厳、そして権利を有する存在である。
イスラームは、人間と宇宙に関する全般的かつ根本的な議論において、この世界のあらゆるものは人間のために創造され、その命令に服し、その利益に資するために存在すると説く。あらゆる存在の起源は神であり、すべては神のもとへと帰る。人間創造の目的は、神の清らかな本質のしるしとなり、人間性の崇高な諸徳を育むことにある。預言者たちの使命の目的は、正義の原則を確立し、人々を教育・教化して迷いから救い、罪の闇から信仰の光へと導くことにある。すべての人間は死後、復活の日に再び生に戻り、自らの善悪の行いの結果を目にする。
米国の新右派の一部にとって、イスラームはもはや脅威の象徴ではなく、秩序、力、家族、規律の象徴となっている。「これは必ずしもイスラームへの組織立った思想的転換を意味するものではなく、むしろこの潮流内部に存在するより深刻な危機を反映したものである。」