12 4月 2017 - 16:14
イマーム アリー(AS)完全なる人間の象徴

今年は11日火曜日に生誕記念日を迎えた、シーア派初代イマーム アリー(AS)の生誕日、父の日に際し、この偉人についての解説です。

信仰を持った清らかな女性、ファーティマ ビント アサドは、他の人々と共に神の家・カアバ神殿を周回していました。そのとき、突然陣痛が始まり、カアバ神殿の巡礼者たちの中で、強く感動しながら祈祷を捧げました。「神よ、私はあなたとすべての神の預言者たち、天啓の使者、彼らの書物を信じています。あなたもご存じのように、私は預言者イブラヒーム(AS)を信じ、その教えを心から受け入れています。あなたをカアバ神殿の壮大さの創設者と考え、そして私のお腹の中にいるこの愛する子供の誕生に敬意を込めて。彼は常に私に語りかけます。この誕生を私にとって容易なものにしてください」
突然、神の家が南東の方向から開きました。ファーティマはカアバ神殿の中に入って行きました。するとすぐに開いた壁が閉じました。それを見ていた人々が、その驚くべき現象を口々に伝え、メッカのすべての人に知らせました。カアバ神殿の周りには大勢の人が集まり、何が起こるのかを待っていました。カアバ神殿の管理者や鍵を預かる人たちがどんなに努力しても、カアバ神殿の扉を開けることはできませんでした。多くの人が、家にも帰らず、商売に行くこともしないで、どんなことが起こるのかを待ち望んでいました。この出来事から3日が経ち、4日目に突然、カアバ神殿の壁が、以前に開いた場所から再び開き、驚く人々の目の前で、ファーティマが嬉しそうにカアバ神殿から出てきました。人々は、ファーティマが生まれたばかりの子供を胸に抱いていました。その子の表情は光に溢れていました。彼女は人々に向かって言いました。

「人々よ、神は創造した女性たちの中から私を選ばれました。私を過去の優れた女性たちよりも優れたものとしました。密かに神を崇拝していたアースィーヤ(フィルアウンの妻)、出産の際に枯れた木から新鮮なナツメヤシの実をもぎ取ったマリヤム(イエス(AS)の母マリア)よりも、そして過去の世界のすべての女性たちよりも、神は私を選ばれました。なぜなら私は、自分の子供を神の家で産んだからです。私は3日間、神に招かれていました。楽園の果実、神の特別な食べ物でもてなされました。そしてカバア神殿を出るとき、このような声が聞こえました。『ファーティマよ、カアバ神殿で生まれた子をアリー(AS)と名付けなさい。私は一番優れた存在である。私はあなたの子をあなたの力で創造した。彼はこのカバア神殿の上で礼拝の時刻を告げ、ここから偶像を排除する。彼は私の愛するムハンマド(SAW)の後、この共同体の指導者となる。彼を愛し、彼を助ける者は何と幸せなことか。だが、彼に背き、彼の権利を損なう者は何と哀れなことか』」

これは、この生まれたばかりの子にとって、人生で初めての神からの慈悲でした。その子は後に、人類社会で真理と公正を追求する完全な人間の象徴となりました。レバノンのキリスト教徒の思想家、ジョージ・ジョルダーグは、イマームアリー(AS)の偉大さと美徳を前に頭を垂れ、次のように語っています。

「この偉大な人物を知っていようと知るまいと、歴史は彼が、無限の美徳、殉教者、殉教者たちの長、人間の公正の叫び、東洋の永遠の人物であることを示している。アーダム(AS)とハワーの子孫の中で、人類史において、アリー(AS)ほど真理の道を歩んだ者はいなかった。アリー(AS)のイスラムは、その心から泉のように湧き出ていた。当時のイスラム教徒は皆、イスラムを信じる前、クライシュ族の偶像たちに祈っていた。だが、アリー(AS)が初めてムハンマド(SAW)の神に祈りを捧げたとき、アリー(AS)は真理の道を守り抜き、清らかな性質、信仰と知性の力によって、堕落した権力の圧制、拝金主義、貴族主義に対して抵抗し、それと闘った。彼は、創造世界を包み込む海であるが、保護者のいない子供の目から涙が流れれば、嵐のようになる」

率先してイスラムを受け入れ、唯一神の教えを信じることは、聖典クルアーンが強調していることであり、誰よりも先にイスラムを信仰した人々は、神の満足を手にし、誰よりも先に神の慈悲に授かるとはっきりと語られています。クルアーンは、「率先してイスラムを信じること」に特に注目しており、メッカ征服前に信仰を寄せ、神の道のために命や財産を捧げた人々は、メッカの人々に勝利した後に信仰を寄せ、神の道において戦った人よりも優れているとしています。

ムハンマド(SAW)が預言者になった後、アブーターリブは、息子のアリー(AS)が、預言者と共に礼拝に勤しんでいるのを目にし、「何をしているのか?」と尋ねました。するとアリー(AS)は言いました。「神の満足を得るために、いとこと礼拝を行っています」 アブーターリブは言いました。「彼から離れてはならない。彼は、お前を善と幸福以外のものには導かない」

ムハンマド(SAW)が預言者となってから3年目、神はある啓示を下し、預言者に対し、近い親戚をイスラムへと誘くよう求めました。預言者ムハンマド(SAW)は、親類の40人ほどを食事に招待しました。しかし、その日、アブーラハブが騒ぎを起こしたため、このメッセージは伝えられませんでした。そのため預言者は別の日に彼らを招待して言いました。「あなた方のうち、誰が私を助け、私の後の後継者となるために、私に信仰を寄せるだろうか」 そのとき、アリー(AS)が立ち上がり、言いました。「神の預言者よ、私はこの道においてあなたを助ける用意があります」 預言者は、アリー(AS)に座るように言うと、自分の導きを繰り返しました。しかし、アリー(AS)の他、立ち上がる者はいませんでした。再び預言者は同じ言葉を繰り返しました。再びアリー(AS)が立ち上がり、預言者に同調し、彼を助ける用意を表明しました。イスラムの預言者ムハンマド(SAW)は言いました。「アリー(AS)は、私の後、あなた方の中で私の後継者、兄弟となる」

アリー(AS)は常に、イスラムの預言者ムハンマド(SAW)を助け、彼の光り輝く存在の恩恵に授かっていました。彼自身がこう言っています。「彼は毎年、ヒラーの洞窟に一人で篭っていた。私は彼に会っていて、私以外に彼に会っていた者はいなかった。その頃、神の預言者とハディージャ(SA)がいた家以外に、イスラム教徒が入った家はなかった。私はその3番目の人間だった。私は啓示と預言者の光を見て、預言者の香りをかいでいた」

アリー(AS)は、クライシュ族が陰謀を企てたとき、就寝している預言者のそばで仕えていました。そして、その尊い命を、預言者のために危険にさらし、預言者が聖遷を始めることができるようにしたのです。アリー(AS)は神の預言者の傍らで、祖先の教えを捨てようとしない人々の信仰と救済を案じていました。また、ハンダグの戦いやハイバルの戦いをはじめ、多くの戦争に参加しました。イスラム暦8年のメッカ征服の年には、預言者と共に、カアバ神殿から偶像を排除しました。

イマームアリー(AS)は、完全な人間であり、宗教的な価値観の具現です。また、宗教や礼拝の面だけでなく、社会を形成し、政治を行うことにも優れ、敬虔な人々に愛情を持って厳しく教えていました。彼はいかなるときも、真理を利益の犠牲にすることはありませんでした。この偉人のやり方は、人類の発展と成長につながり、そのために、彼のやり方に反抗すれば、迷いと消滅に陥ることになるでしょう。イスラムの預言者ムハンマド(SAW)は、イマームアリー(AS)のやり方について、ある人物に次のように指示しています。「もしアリー(AS)が一人である道を進み、他のすべての人が別の道を行っているのを見たら、アリー(AS)の道を行くがよい。彼はあなたを消滅に導くことはなく、あなたを導きと救済の道から外すことはない」

イマームアリー(AS)は、人間としての完成と美徳の頂点であり、尊厳の泉です。彼はイスラムに育てられた人物です。預言者と共に行動し、友人も敵も彼の美徳を認めています。このような人物は、すべての人類社会の理想的な模範です。預言者の教友の一人、イブン・アッバースは、イマームアリー(AS)についてこのように語っています。
「私の命をその手に握る神に誓って、もし海がインクに、木が筆に、地上のすべての創造物が作家になっても、イマームアリー(AS)の美徳を記すことはできない」

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