サファル28日:預言者ムハンマド(SAW)、2代目イマーム ハサン(AS)の命日
預言者ムハンマド(SAW):およそ1400年前、23年間に渡って、人々にイスラム教を呼びかけ、神のメッセージを届けることに努めました。
自らの重大な使命を果たす上で、様々な苦難を乗り越えた後、ついにイスラム暦(ヒジラ)11年サファル月28日、14日間病床に臥した後、この世を去りました。
預言者の亡骸は、現在のサウジアラビアのメディナにあった自宅において、既に建設されていたモスクのそばに埋葬されました。
イマーム ハサン(AS):イスラム暦(ヒジラ)3年ラマダン月15日火曜日の夜、メディナで生まれ、7歳までを預言者ムハンマド(SAW)とともに過ごしました。
イマーム ハサン(AS)はその後30年間に渡って、父であるシーア派初代イマーム アリー(AS)の側に仕えました。
信徒の長イマーム アリー(AS)の殉教後は、10年間、イマームの地位にありましたが、イスラム暦50年サファル月28日、ウマイヤ朝の統治者ムアーウィヤの指示で毒を盛られ、47歳で殉教しました。
サファル月30日:8代目イマーム リダー(AS)の命日
イマーム リダー(AS):現在のサウジアラビアのメディナで生まれ、イスラム暦203年のこの日に殉教しました。
イマーム リダー(AS)の統治時代は、人々がイマームに傾倒し、彼とその一門の民主的な基盤が拡大しました。
多くの人々がイマームに傾倒したことにより、嫉妬したアッバース朝のカリフは、彼に毒を盛り、イマームは殉教しました。
イマーム リダー(AS)の殉教日に際して、彼の信奉者が、彼の聖廟のあるイラン北東部の聖地マシュハドなどイラン全国で追悼儀式が行われます。
マシュハドにあるイマーム リダー(AS)聖廟には、国内の他、アフガニスタンやパキスタンといった近隣諸国からも追悼者が訪れます。
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