シーア派 初代イマーム イマーム・アリー(AS)は聖預言者ムハンマド(SAAS)の従兄弟で父アブー ターリブと母ファーティマ ビント アサドの息子である。彼は聖なる家・カーバ神殿の中でヒジラ前23年ラジャブ月13日金曜日に生まれた。神のお計らいによって彼の母親はカーバ神殿のほうに連れてこられた。彼の母がカーバ神殿に来たとき、猛烈な陣痛を感じた。彼女はうずくまって真剣に神に祈り始めた、アッバースィ ブニ アブドゥル ムッタリブはアリー(AS)の母親が神に祈っているのを見ていた。彼女は祈りを終えるや否や頭を上げた。すると聖なる家の壁が真っ二つに開かれた。それはまったく不可思議な神秘的なことであった。ファーティマはその中に入った。すると壁は元通りになってしまった。アッバースと仲間は閉じられた聖なる家の門に飛びつき、それを開けようとしたがビクともしなかった。彼らはそれは奇跡であって神の御意思だと判断し、開けようとするのを断念した。この不可思議な出来事は燎原の火の如く瞬く間にメッカ中に知れ渡った。
アリー(AS)はカーバの中でその目を閉じ体を全能の神の前に謙虚に平伏する形で生まれた。ファーティマは3日間カーバ神殿の中にいたが4日目になって彼女は玉のような子を腕に抱いて外に出た。彼女が驚いたことにはそこに聖預言者ムハンマド(SAAS)がその新しく生まれた子をその腕の中に迎えようと待っていたことである。「イマームである者(アリー(AS))」は「預言者であるもの(ムハンマド(SAAS))」との接触を敏感に感じ取った。:アリーは目を開いて神の預言者に『アッ・サラーム アライカ ヤーラスールッラー(おお、神のみ使いよ、あなたの上に平安あれ!)』と挨拶した。
アリー(AS)がカーバ神殿の中で生まれたということは世界の歴史において全く独特なものでほかに例がない。どのような預言者も神の聖人もそのような名誉に浴した者はいない。
アリー(AS)は聖預言者の世話と愛情の元で育てられた。アリー(AS)は言っている「聖預言者はその腕の中で私を育て上げ、彼自身の口に含んだ食べ物で私を養った。私は子供のラクダがその母親に付いて歩くように聖預言者が行くところには何処にも付いていった。毎日彼の気高い人格から輝きだされる彼の性格の新しい面に接し、わたくしはそれを受け入れそれに従った。(ナフジュル・バラカより)」
アリー(AS)と聖預言者(SAAS)との10年間の生活はまことに親密で少しも離れることがなかったのでその性格、知識、自己犠牲、忍耐、勇気、親切、寛大、雄弁等において預言者と全く一つであった。幼年のときから彼は聖預言者(SAAS)と共に神の前に平伏した。彼は言っている「私は預言者と神に祈った最初の者である」と。
アッラーはアリー(AS)を純粋にし聖にされ、正しい道(復活の道)の上をしっかりと歩ませられた。聖預言者(SAAS)がまず親類にイスラームを受け入れるように呼び集めたとき、アリー(AS)がイスラームを受け入れた最初の者であることについては議論の余地はない。しかし彼は幼年時代から聖預言者(SAAS)によって育てられアッラーの前に平伏することを含めてあらゆる活動あらゆる行為において預言者(SAAS)に従ったというその事実からすれば、預言者が生まれながらにしてムスリムであったのと全く同じようにアリー(AS)もまた生まれながらのムスリムであったということができる。
アリー(AS)はすべてのときを預言者と共にし、彼を助けその敵から守った。彼は聖なるクルアーンのアーヤ(節)を書き記し、神の使者であるジブリール(神からの啓示を聖預言者(SAW)に伝えた天使、ガブリエル)によって啓示が下されるや否や預言者と議論した。アリー(AS)は聖預言者(SAAS)と親密に結ばれていたので昼であれ夜であれクルアーンの節が啓示されるや否や、常にそれを最初に聞いた。
聖預言者(SAAS)はアリー(AS)について言っている
「おお、アリー、あなたは来世と同じようにこの世においても私の兄弟である。私は知識の町であり、アリーはその門である。
アッラーと私のほかには誰もアリーを知るものはない。
アッラーとアリーのほかには誰も私を知るものはない。
もしあなたがアダムの知識、ノアの敬虔、アブラハムの献身、モーゼの畏敬、メシアの奉仕と禁欲をみたいと思うならば、アリーの輝かしい顔を見よ。」
聖預言者(SAAS)がマッカ(メッカ)から聖遷してヤスリブ(マディーナ)に到着し、彼の呼びかけに応じてメッカから来た人々に会ったとき、彼は直ちに彼らの一人一人に、彼を預言者として受け入れたアンサール(「助けるもの」の意)として知られるヤスリブの人々の中の一人を兄弟として選んだ。彼がそのような兄弟を各人に任命したのは、家庭を捨ててヤスリブへ来たムハージルーン(「移住者」の意)として知られる避難者たちを大変に助けた最も適切な政策であった。預言者は同じ商売に従事するものたちを兄弟とさせた。そのおかげでメッカから移ってきたムハージルーンたちは直ちに好都合で雇われることができた。預言者はアンサールの一人をムハージルーンの一人と兄弟の約束をさせたが、そこにいたアリー(AS)についてはどのアンサールの一人をも兄弟として選ばなかった。なぜアリー(AS)のために兄弟を選ばないのか質問された預言者は「アリーは私の兄弟に選ばれる」と答えた。
結婚:
神の命令によってアッラーの使徒ムハンマド(SAAS)は多くの者が結婚を申し込んでいたその最愛の娘ファーティマ(S、A)をアリーに嫁がせた。
アリー(AS)とファーティマ(S、A)の子供たちの中でイマーム・ハサン(AS)、イマーム・フサイン(AS)、ザイナブ(S、A)そしてウンムクルスム(S、A)は世界の歴史に大きな足跡を残した。
ハズラト(尊敬すべき)・ファーティマ(S、A)の死後、アリー(AS)はウンムル・バニーンと結婚した。この結婚によってアッバース(AS)が生まれた。彼はまことに端麗・立派で「バヌーハーシムの星」の愛称で呼ばれた。彼は「忠実と勇気の権化」とも言うべきで、そのことをカルバラの戦場で立証した。
死去:
ヒジラ40年ラマダン月19日の朝、アリーはイラクのクーファのモスクにおいて礼拝中ハーリジテによって毒を塗った剣によって打たれ、2日後の21日月曜日 イラクのクーファにおいて63歳にて他界。
この世に存在した最も勇敢で、やさしい心の持ち主であったムスリム、「神のライオン」アリー(AS)はアッラーとそのみ使いムハンマド(SAAS)への献身によってその輝かしい生涯をはじめ、イスラームの奉仕のためにその生涯を終え、同国のナジャフ アル・アシュラフに埋葬された。
アッラーの道のために殺された者たちを死んだといってはならない。
いや!彼らは生きている、しかし汝たちには見ることができない。(クルアーン2:154)
澤田沙葉 訳 「イスラーム案内(シーア的観点より)」より抜粋
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