2009年、イランでは6月に行われた大統領選挙の結果をめぐって抗議運動が起きました。その運動は外国勢力の介入によって次第に暴徒化・騒乱と化し、その年の年末まで断続的に続きました。
西側勢力はこの選挙で、イラン国民の選挙に対する信頼を毀損することを狙い、体制転覆を目的とした騒乱を惹起しました。
騒乱は後期になると、選挙結果や体制への抗議という名目から逸脱し、宗教上のシンボルを公然と侮辱するようになり、一般市民の反発を引き起こしました。その怒りが、2009年12月30日(イラン暦デイ月9日)の大規模デモにつながりました。このデモを記念して毎年この日は、「国民の慧眼とイスラム共和制への忠誠の日」とされています。
15年経った今年も、大勢の市民が街頭に繰り出し、敵の陰謀を跳ね返すイラン国民の屈強な意思を示しました。
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