ABNA24 : この教会は帝政ロシアの最後の皇帝にちなんで名付けられました。ニコライ2世とその家族がレーニンの率いた左翼の多数派・ボリシェビキによって殺害されたことから、テヘランに逃れてきたロシア人たちは皇帝を偲んでこの教会にその名前を冠したのです。ニコライはロシア正教会を代表する聖人であり、「苦しむ聖人ニコライ」と呼ばれていました。
テヘランには昔から多くのキリスト教徒が暮らしていました。キリスト教徒がいることで、彼らの信仰と宗教的儀式のために多くの教会が建てられることになりました。
1945年から1947年の間に、ロシアでは政権交代が起こりつつありました。この時代、皇帝政権は徐々に崩壊し、スターリンが権力を握りました。民衆や皇帝側について戦った白ロシア軍の兵士らは、スターリンを恐れてイランに避難してきました。これらのロシア人グループの移住により、彼らを迎え入れたイランの各地で教会などの新しい建物が建てられることとなりました。
342/