神に関する質問

Q:神の本質について考えないようにと勧められるのは何故ですか?

Q:神の本質について考えないようにと勧められるのは何故ですか?

“神の本質を考えること“がなぜ推奨されないのか、その理由を知りましょう。

A:神の真理は、私たち人間の小さな頭(思考)でとらえることが出来る範囲と階位をはるかに超えています。

かれ(神)のしもべたちの誰一人として、神の本質を認識することはできません。

私たち人間の頭は小さく有限であり、神の本質は偉大で無限なのです。

私たちが、決して神の本質を突き止めることが出来ないことは明白であり、私たちが一つのコップを手に取りそれを見、認識するのと同じ方法で神の本質を認識することは不可能なのです。

神の本質について考えないように勧められるのは、上記の理由によります。

 

 

ここでこの質問に関連するハディース(伝承)を紹介します。

 

聖預言者ムハンマド(SAW)は仰いました。

「全てのことについて考えよ!しかし神の本質について考えてはならない。」

 

シーア派6代目イマーム サーディク(AS)はこのように仰いました。

「話が、神の本質に至った時には口を閉ざすように。」

 

シーア派の最高位聖職者の一人であるアーヤトッラー ウズマーのマカーレム シーラーズィー師はこの伝承に関する解説(タフスィール)の中でこのように記しています。

つまり、知性がその中で当惑し結果を得ることのない“神の本質”については語るべからず。

 

もちろん

これは、神を認識するための全ての道が私たちに対して閉ざされている、ということを意味してはいません。

 

決してそうではなくて、他には“神を認識するため”のいくつもの道が私たちには開かれています。

 

“神の創造の世界”

 “かれ(神)の属性”

と、かれ親切さ、かれの御知識、かれの御力、かれの英知といった“かれ(神)の特性”

 

について熟考することで私たちはかれ(神)に、よく慣れ親しむことが出来るのです。

 

この状況下で、最後にもう一度念を押しておきます。

“神の真理、彼の存在の本質について認識することは私たちには絶対不可能なことなのです。”

 

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