シーア派

3代目イマーム イマーム・フサイン(AS)

  • ニュースコード : 769104
  • 出典 : ABNA
Brief

シーア派3代目イマーム イマーム・フサイン(AS)についてご紹介いたします。

 ヒジラ4年シャーバーン月3日マディーナ(メディナ)においてのことであった。天と地で最良である聖預言者の一家に、人類に恩恵を与える子が生まれた。その父は友に対しては親切、イスラームに敵対するものに対しては最も勇敢なものとしての見本のようなアリーであり、母は聖預言者の最愛の娘、父である聖預言者の資質をすべて受け継いだと広く認められているファーティマであった。

 イマームフサイン(AS)は、3代目イマームである。彼が誕生したというう喜ばしい知らせが聖預言者に伝えられると、彼はその愛しい娘の家に行き、その腕に子を抱き右の耳、左の耳にそれぞれ手を当ててアザーンとイカーマを唱え、アッラーの命令によって彼をアルフサインと命名した。

 アブドゥラー イブン アッバースは述べている。「イマームフサイン(AS)が産まれた正にその日アッラーは大天使ガブリエルに命じて地上に折りアッラーから、また大天使ガブリエル自身からのお祝いを聖預言者(SAW)に述べるようにと命じられた。天から降りる途中でガブリエルはガブリエルはアッラーに命ぜられた指名を遂行するのを怠ったために天使フルトスが幽閉されている島の上を通りかかった。フルトスはその翼を剥奪されて島に追放され、そこで7年間アッラーに祈り、礼拝を捧げてアッラーの御赦しを求めていた。

 天使フルトスはガブリエルが通りかかるのを見つけて大声で叫んだ。『おお、ガブリエルよ、あなたは何処へ行くのか?』と。これに答えてガブリエルは『ムハンマド(SAW)に孫のフサインが産まれたので、アッラーはアッラーのみ使いにアッラーのお祝いを伝えるよう私に命じられた』と答えた。そこで天使フルトスは『わたしを一緒に連れて行ってもらえないか?ムハンマド(SAW)があるいはわたしのためにアッラーに執り成してくれるかもしれない』と言った。そこでガブリエルはテンスを一緒に連れて聖預言者(SAW)のところに来て、アッラーからまた大天使自身からの祝辞を述べ、それからフルトスのことに言及した。聖預言者はガブリエルに言った『新しく産まれた子の身体に触れ、それから天における元の場所に帰るよう天使フルトスに言ってください』と言った。その通りにすると天使は直ちに翼を取り戻すことができ、聖預言者(SAW)と新しく生まれた子を褒め称えながら天に昇っていった」と。

 預言者(SAW)によって述べられたように聖なるイマーム・アリー(AS)と「光の淑女」である尊敬すべきファーティマ(SA)の2人の息子であるハサンとフサインは『楽園における若人の指導者』として尊敬され敬意を受けている。

製預言者ムハンマド(SAW)は「イスラームがムアーウィアの息子ヤジードによって危なくなるとき、孫であるフサインによって救われるであろう。」と公に預言した。

ヤジードはその極悪な性格と野獣のような行為によってよく知られていた。彼は人間の中でも最も放蕩な気まぐれ人間として有名であった。ヤジードの性格を良く知っていた人々はムアーウィアにヤジードを後継者にしないよう契約を結んでいた。この契約はムアーウィアが権利を奪ったイマーム・ハサン(AS)に対してもなされていた。しかしムアーウィアはその約束を破りヤジードを彼の後継者に指名した。

ヤジードが権力の座に着くや否や正にその噂どおりの性格を丸出しにした行動を始めた。彼は「信仰の根本」にまで干渉し、あらゆる邪悪と不正を自由に行い、人々から「信仰を指導するもとのしての忠誠」を求め、聖預言者の後継者であると宣言した。ヤジードに優勢を誓うことはとりもなおさず悪魔を神と認めることであって、それ以外の何物でもなかった。もしも聖なるイマーム・フサイン(AS)のような神によって選ばれた人格がヤジードの権威を認めるとするならば、それは正に人間に神の代わりに悪魔を勧めるようなものである。ヤジードはイマーム・フサイン(AS)に忠誠を求めたが、イマームはいかなる代価を払っても断固として同意することを拒否した。暴君の手による死と破壊を恐れた人々は恐怖からヤジードに忠誠を誓った。イマーム・フサイン(AS)は言った「どのようなことが起ころうとも、神の代わりに悪魔に屈することはできない、私は祖父の聖預言者が確立したものを元通りにする」と。

イマーム・フサイン(AS)がこの悪魔に対する忠誠を払うことを拒否したことはイマーム・フサイン(AS)に対する迫害の開始に繋がった。その結果イマームはメディナに退いてそこで隔離の生活を送った。しかしそこでも彼は平穏に暮らすことは許されずメッカに避難を求めざるを得なかった。ところがそこでも激しく悩まされた。ヤジードは不届きにもカーバ神殿の神聖な聖域の中でイマームを殺害しようと計画するに至った。

神聖な聖域を守るためにイマームは巡礼が始まる正にその前日、イラクのクーファに向かってメッカを離れることを決意した。巡礼が翌日に始まろうと言うその前日、なぜメッカから離れるのか?と聞かれてイマームは答えた「今年の巡礼は動物ではなく親類知己と信仰深い友人を犠牲に捧げてカルバラで行うだろう」と。彼は彼と共に「カルバラにおける偉大なる犠牲」のためにその生命を捧げる彼の親類知己の名前を数え上げた。

ヤジードの専制的、悪魔的統治に疲れ果てたクーファの人々はイマーム・フサイン(AS)に「クーファに来て信仰のために導きをしてくれるよう」数え切れないほどの手紙を書き、また使者を送った。イマーム・フサイン(AS)はその招待の最終的結末を良く知っていたが、神によって選ばれたイマームとして彼は求められた指導を拒否することはできなかった。聖なるイマームが彼の側近者たちと共にカルバラに着いた時、彼の馬は神秘的にそこに立ち止まり前へ進もうとしなかった。これに対してイマームは宣言した「ここが正に苦難の土地、拷問の土地である」と。彼は馬から降りて、彼に従うものたちに「ここでわれわれは殉教し、われわれの子供(息子)たちは殺されるであろうここでわれわれのテントは焼かれ、われわれの家族(女子供)が捕らえられるだろう。ここは私の祖父である聖なる預言者が預言した土地である。彼の預言は必ず実現するだろう。」と言って、そこにキャンプを張るように命じた。

ムハッラム(太陰暦1月)7日、イマームのキャンプは水の供給を断ち切られ、渇きと飢えの苦難が始まった。聖なるイマームのキャンプはアッラーの道のため悪魔と戦うためにイマームとともに死ぬことを選んだ幾人かの信仰深い一団の人々とともに、女性たち、幼児を含む無邪気な子供たち、聖預言者の家族の幾人かの男たちで成り立っていた。

アーシュラーの日(太陰暦ムハッラム月10日):

暁にイマームはヤジードの軍隊の方を見渡し、ウマル イブン サアドがその部下に対して「イマームのほうに向かって前進するよう」命じているのをみた。イマームは彼に従っている人々を集めて次のように言った。「アッラーは今日われわれに聖なる戦いをお許しになった。アッラーはわれわれの殉教に報いられるであろう。だから忍耐と抵抗を持ってイスラームの敵に対して戦うよう準備せよ!おお、高貴にして自尊心高き人々の息子たちよ、耐え忍べ!死は正にあなたたちが天とその喜びに達するために試練と苦難に直面した後に超えなければならない橋である。あなたたちの中の誰がこの牢獄(この世)からそびえ立つ堂々たる宮殿(楽園)に行くことを好まない者があろうか?」と。

イマーム・フサイン(AS)は主の道のために戦い、命を犠牲にするために次から次へと キャンプから送り出した。最後にすべての男たちと子供たちが倒れたとき、イマームは6ヶ月になる息子のアリー・アスガールを連れてきて、その手に抱いて渇きのために死にそうになっているその子のためにいくらかの水を求めた。しかし野獣のような軍隊から放たれた毒を塗った矢が無残にも乳児の首を貫いて抱いている父親の腕にまで突き刺さり、乳児は息絶えた。遂に6ヶ月の乳児まで失ってイマーム・フサイン(AS)はアッラーに言った。「おお、主よ!あなたのフサインはあなたが祝福されたすべてをあなたの道に捧げました。おお、主よ!この犠牲をお受け取りになって、あなたのフサインを祝福してください!」と。

イマームはヒジラ61年ムハッラム月10日金曜日、57歳でイラクのカルバラにおいて殉教し、40日目そこに埋葬された。

 

「イスラーム案内(シーア的観点より) 澤田沙葉 訳」より引用

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