シーア派

初代イマーム イマーム・アリー(AS)

  • ニュースコード : 762612
  • 出典 : irib
Brief

イスラム暦40年ラマザーン月21日、シーア派初代イマームであったアリーが殉教したことにちなみ、この偉大なイマームについて紹介いたします。

 

 

イスラム暦40年ラマザーン月21日、イスラムの預言者ムハンマドの後継者で、シーア派初代イマームであったアリーが殉教しました。その2日前、イマームアリーは、朝の礼拝のためにモスクにいました。床にひれ伏す姿勢をとっていたとき、イスラムを誤って解釈していた人物の剣が、アリーの首に振り下ろされ、その怪我がもとで、アリーは2日後、この世を去り、常に願っていた幸福、つまり、神の道における殉教と大きな救済を得たのでした。

 

 

この殉教は、イスラムとイスラム教徒にとって、大きな損失となりました。イマーム・アリー(AS)の生き方と統治方法、そして彼が残した貴重な言葉は、彼が殉教してから何百年ものときが経ったにも拘わらず、真理と公正の道を求める人々の上に輝いています。イマーム・アリー(AS)の言葉を集めた、ナフジョルバラカは、雄弁さの点で類を見ないものです。イマーム・アリー(AS)言葉は、神秘主義的な知識や道徳的、社会的な教訓にあふれています。

 

 

イマーム・アリー(AS)は、非常に細かい道徳的な問題について、子供たちへの忠告を遺しています。たとえば、次のような言葉があります。「あなたたち、そして私の一族、私の言葉が届く人には、行動における秩序と敬虔さを忠告する。孤児たちに優しくしなさい。近隣の人に親切に接しなさい。預言者は近隣の人への配慮を忘れず、私は彼らが互いに相続する関係なのかと思ったほどだった。またクルアーンから離れてはならない。クルアーンの教えの実践において、他の人に先を越されてはならない。礼拝を重視しなさい。礼拝はあなたたちの宗教のいしずえである」

 

 

世界の人々は、敵も味方も、イマーム・アリー(AS)の偉大さに驚嘆し、彼を称賛しています。イマーム・アリー(AS)は、63年の生涯を終えようとするときでさえ、イスラムの真理を広めようと努めていました。イマーム・アリー(AS)は、最期のとき、歴史が常に、人類がよりよく生きるための教訓になるよう、次のような遺言を残しました。

 

 

「息子のハサンよ。お前と全ての子供たち、私の一族、そしてこの私の記述を手にした全ての人に、次のことを忠告する。敬虔さを忘れてはならない。死がおとずれるまで、神の宗教を信じ続けるよう努めなさい。皆で一緒に神をよりどころとし、唯一神の信仰の上に力を合わせ、対立してはならない。預言者はおっしゃっている。人々の間を改革することは、礼拝や断食を続けることよりも優っていると。宗教を台無しにするのは、堕落と対立である」

 

 

イランのシーア派最高権威、マカーレム・シーラーズィー師は、このイマーム・アリー(AS)の言葉について、次のように説明しています。「この遺言で、まず、イマーム・アリー(AS)は、改めて、救いの道であり、常に、神の御前で人間の尊厳と人格の基準となり、来世の旅への糧となる敬虔さを強調している。それから秩序に触れている。それは政治的、社会的、経済的な安全や秩序と共に、教育や課程の問題、礼拝における秩序も含んでいる。創造世界の存続は、神が定めた秩序による。しかるべき秩序のない社会は滅び、秩序のない人間は、どんなに多くの可能性や能力を有していたとしても、大成することはない」

 

 

イマーム・アリー(AS)はこの遺言の中で、道徳、礼拝、社会問題に関して重要な勧告を行っています。まず、孤児たちから始まり次のように語っています。「孤児たちの権利を守りなさい。時に満腹にし、時に空腹のまま放置したりすることがないように。あなたたちがいるというのに、彼らが損なわれてはならない」

 

孤児たちへの配慮は、イスラムの戒律における弱者への支援と、博愛の精神を示すものです。ある日、イマーム・アリー(AS)の許に、大量のハチミツとイチジクが贈り物として届けられました。そのときイマーム・アリー(AS)は、孤児たちを集めるよう指示し、自分の手でハチミツを孤児たちの口に運んでやりました。そのとき、一人がイマーム・アリー(AS)に、「なぜ自分で口に運ばせないのか」と尋ねました。するとイマーム・アリー(AS)は答えました。「イマームは孤児たちの父である。私は彼らと父親のように接するために、自分の手でハチミツを口に運んでやったのだ」

 

 

それからイマーム・アリー(AS)は、近所の人たちについて、次のように語っています。「近隣の人たちに親切にしなさい。あなたたちの預言者もそれを勧めている」

 

イスラムでは、近隣の人が大切にされています。それは、イスラムが完全に社会的な宗教であるためです。家族、親戚、近所の人、社会、これらは皆、イスラムで特別な地位を有しています。

 

 

イマーム・アリー(AS)は次のように語っています。「クルアーンの戒律の実践を忘れてはならない。その実践において、他の人をリードするよう心がけなさい」

 

マカーレム・シーラーズィー師は、次のように記しています。「この言葉は、イスラムを知らない人たちが、クルアーンの内容を実践しているというのに、クルアーンを朗誦するだけにとどまり、その内容を忘れてはならない、ということを示している。たとえば、イスラムを知らない人たちが市場への商品の提供において、公正と誠実さを守っているというのに、あなたたちがそれをしない、あるいは、彼らが決まりごとや約束を守っているのに、あなたたちが約束を破ったりすることがあってはならない。また彼らが様々な学問を学んだり、規律を守ったりしようと努めているのに、あなたたちがそれを軽視するようなことがあってはならない」

 

 

イマーム・アリー(AS)は、さらに礼拝について次のように語っています。「礼拝を行いなさい。礼拝はあなたたちの宗教の柱である」 礼拝は、常に人間に神のことを思い起こさせ、敬虔な精神をよみがえらせます。そのため、人間が服従をやめたり、堕落に陥ったりするのを防ぎ、こうして宗教が保たれます。しかしながら、礼拝をやめれば、人間は神を忘れがちになり、神を忘れる人間は、あらゆる罪に穢れる可能性があります。イマーム・アリー(AS)はまた、ハッジ・メッカ巡礼を行う必要性に触れています。

 

 

19世紀末、イギリスの首相であったグラッドストン氏は次のように語っています。「イスラム教徒は常にクルアーンを読み、神の家であるカアバ神殿の周りを回り、毎日、朝と晩にムハンマドの名を唱える。キリスト教徒は大きな危機に晒されている。クルアーンを焼き、カアバ神殿を破壊し、礼拝の時刻を告げるアザーンからムハンマドの名を消し去る者は、何ということをするのか」

 

この言葉からも、礼拝とハッジの重要性を知ることができます。

 

 

イマーム・アリー(AS)はその後、遺言の中で次のように語っています。「神の道において、自らの財産と命、言葉によって戦うこと・ジハードを怠ってはならない」

 

ここで言う、命によるジハードとは、イスラムとイスラム諸国を敵から守るために戦場に参加することであり、財産によるジハードとは、イスラムとイスラム教徒を守るために、イスラムの軍勢を動員するため、資金を援助することであり、言葉によるジハードとは、イスラムの発展のために、常に宣伝を行い、論理的にイスラムを守ることのことで、今の時代には、マスメディアの利用も、それに含まれます。

 

 

今日、イスラム共同体の命を脅かしている過激派の人道に反する犯罪など、ジハードの名のもとに、イスラムを暴力的なものに見せようとしたり、イスラム共同体の間に対立を生じさせたり、イスラム教徒を殺害したりといった悪用は、イスラムが強調するジハードとは完全に異なります。その違いは、預言者ムハンマドが、当時の戦いにおいて、どのような行動を取っていたかを見れば、すぐに分かるでしょう。イマーム・アリー(AS)は、続けて次のように語っています。「友愛や施し、寛容な態度を忘れてはならない。互いに背を向けたり、関係を断ち切ったりすることがないように」

 

 

友好や愛情による結びつきは、イスラムにおいて非常に大切な問題であり、別れや冷淡さが非難されています。シーア派6代目イマーム、サーデグは次のように語っています。「2人のイスラム教徒が仲たがいをすると、悪魔は喜ぶ。だが、和解すると、ひざをぶつけ合わせてこう叫ぶ。『ああ、なんという災いが私に降りかかったことか』」 イマーム・アリー(AS)はまた、遺言の中で、次のように語っています。「善を勧めて悪を否定することをやめてはならない。それをやめれば、悪に支配され、どんなに祈りを捧げても、それがかなえられることはない」 イスラムの伝承によれば、祈りが聞き届けられない理由は、災難が人間自身の怠慢や過ちによる場合、それを取り除いてほしいという祈りが聞き届けられることはないのです。

 

 

このイマーム・アリー(AS)の最後の言葉は、彼の美徳を示しています。もし、イスラム教徒の生活の中で、これらの指示が実践されれば、現世で栄誉に満ちた人生を送ることができ、来世でも、幸福を手にすることができるでしょう。しかし、残念なことに、イマーム・アリー(AS)は多くの人に知られることなく、殉教しました。そう、イマーム・アリー(AS)は、その真価を認められる前にこの世を去ってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

イマーム・アリー(ASの教え:

 

 

シーア派初代イマーム、イマーム・アリー(AS)をはじめ、真理の光によって輝いていた偉人たちの特徴は、歴史を通して、人々に光と愛情、活力と信仰を与えると共に、多くの研究者や思想家、芸術家たちの心をひきつけていることです。これらの人々は、こうした偉人たちが生きた時代から数百年が経過するにも拘わらず、彼らのことをもっとよく知ろうと努め、歴史的な資料や彼らの言葉を研究しながら、その時代を旅するのです。

 

 

イブラヒーム・ハサン・ベイギーの記したゲッディースという書籍は、イマーム・アリー(AS)が統治を担った5年近くの間の歴史について書かれたものです。この本は、原則的に、写本や書物を集め、その収集を趣味としていた一人の司祭の人生の物語です。このキリスト教の司祭はモスクワに暮らしています。彼は人生の様々な出来事の中で危機に陥り、命の危険を感じて、親戚の住むベイルートへと向かい、そこで、研究者である友人のジョージ・ジョーダックに会います。ジョーダックは、人間の正義の声であるイマーム・アリー(AS)という書籍を記した人物で、この2人の会話には、イマーム・アリー(AS)の人生に関する歴史的な言い伝えがでてきて、物語が面白さを増していきます。ハサン・ベイギーは、この本の中で、現代と昔の物語を織り交ぜながら、警察の追跡と司祭の逃亡によって、物語に興奮を与えています。

 

この物語の出だしでは、司祭にとって重要なのは、単に写本の内容を突き止めることだけでしたが、様々な人物が語るイマーム・アリー(AS)の統治の歴史を読むにつれ、司祭の好奇心が高まっていきます。レバノンでは、イマーム・アリー(AS)の言葉や書簡を集めたナフジョルバラーガという本に出会い、それを読んだ後に大きな変化が現れます。この物語の一部で、司祭は息子に、なぜナフジョルバラカを読んだ方がいいのかと尋ねられたとき、このように答えます。「宗教によって、自分の人生と考え方に柵を作ってはいけない。全ての神の宗教には共通の考え方がある。お前はキリスト教徒として自分の宗教を持つことができる。教会の代わりにモスクに行く必要はない。だが、他の宗教の内容を知り、それに従うことも可能である。私たちの神は唯一であり、神は私たちを宗教によって分類したりはしない。神の判断は私たちの行動に基づくのであって、宗教に基づくのではない」

 

ゲッディースの一部には、イスラム初期の歴史と、その頃のイマーム・アリー(AS)の役割について書かれています。スィッフィーンの戦いは、歴史の中でも不思議な戦いのひとつで、劣勢にあったムアーウィヤが、策略によって軍勢を欺き、イマーム・アリー(AS)に書簡を送り、双方から一人を仲介者に立てるよう求めました。もし最初からアリーが攻撃を仕掛けていたら、彼の勝利は間違いありませんでした。しかし、ジョージ・ジョーダックによれば、アリーの考える真の勝利とは、権力や優勢を保つことではなく、人々を迷いや卑しさの中から救うことにありました。イマーム・アリー(AS)は、ムアーウィヤへの返答の中で、圧制や偽り、堕落を非難し、クルアーンによる仲裁を受け入れるとし、同時に、「ムアーウィヤはクルアーンを信じる人物ではなく、策略を施そうとしていることを確信している」と記しています。

 

ゲッディースという本には次のようにあります。「まもなく、この予想が現実となり、人々は心配そうにアリーの許にやって来て、宗教の敵と戦う方法を教えてほしいと頼みました。それに対し、アリーはこう答えています。『彼らは宗教の名のもとに語り、自分をムハンマドの宗教の信奉者と呼んでいる。そして宗教の名のもとに犯罪を行っている。彼らは様々な姿を見せ、様々な陰謀を利用する。彼らは表面を繕っているが、その心は病にかかっている。彼らはあらゆる真理に偽りを、あらゆる根拠には曖昧な点を、あらゆる生き物には殺害者を、あらゆる扉には鍵を、あらゆる夜にともし火を用意した。彼らは悪魔の仲間であり、炎のような者たちである。だからそのような為政者を知り、彼らに従ってはならない』」

 

イマーム・アリー(AS)の重要な特徴のひとつは、彼の統治方法にあります。アリーの正義と公正が、歴史の中で証明されているだけでなく、彼は、エジプトの為政者に任命したマーレク・アシュタルへの書簡の中で、実際、イスラム統治の憲章をまとめ、次の世代の人々に委ねました。ゲッディースという書物では、キリスト教の司祭とジョージ・ジョーダックが交わす議論の中で、ジョーダックがこの憲章に触れ、次のように語っています。「聞くがいい。アリーがこの書簡の中で、どんなことを勧告しているのかを。『人々に優しく接するよう心がけなさい。全ての人に親切にしなさい。人々には2つのグループがいる。1つは、あなたの宗教的な同胞であり、もう1つは、あなたと同じで、創造において平等である人たちである。もし彼らが過ちを犯しても、許してやりなさい。そうすれば、あなたが好むような形で神はあなたを赦してくださる』」

 

この章ではさらに、統治の憲章についてこのように記されています。「人々のために行った奉仕について、恩を着せたり、それを誇ったり、また約束を破ったりしてはならない。恩を着せれば、善い行いの報奨を台無しにし、真理の光を消すことになる。また約束を破れば、神や人々の怒りを招くだろう。偉大なる神は、『神にとって大きな敵対とは、口で言ったことを実行しないことである』と言っている」

 

イブラヒーム・ハサン・ベイギーは、1957年、イラン北部ゴルガーンの近くにある村に生まれ、ペルシャ語とペルシャ文学を学びました。彼は長年に渡って教育省に勤め、若い頃から物語や小説を書いていました。その作品は、人々の人生や社会的な問題をテーマにしたものが多く、中には、イラン・イラク戦争の聖なる防衛を扱った物語文学もあります。

 

ゲッディースは、ハサン・ベイギーのベストセラーのひとつで、読みやすく、作者は物語の中で、はるか昔に戻り、歴史の中の一時代について語っています。それが何度か繰り返されていますが、決して単調になることはありません。実際、この作者の巧みな技巧により、新しい表現を選びながら、現代の人々が、イマーム・アリー(AS)のような偉大な人物の人間性に基づく広い視点を知ることができるようになっています。イマーム・アリー(AS)の遺書には、このようにあります。「常に真理を語りなさい。そして神の報奨のために行動しなさい。また、圧制者の敵、圧制を受ける者たちの味方でありなさい」


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