神に関する質問

Q:一部の人に見られる“虚弱・病弱“や“身体の障害“などは神の公正と矛盾しませんか?

  • ニュースコード : 853678
  • 出典 : ABNA
Brief

一部の人間に見られる“虚弱・病弱“や“身体の障害“などは神の公正と矛盾するものなのでしょうか?

A:

イ)

神は自然界において非常に多くの法則を設けられています。基本的に神の決定において、水は100度で沸騰します。また地球は1日かけて自転をし1年をかけて太陽の周りを1周します。火は燃え、雨は降ります。そして男女の結婚によって子供が誕生します。

自然界における神の別のある法則はこのようなもので、“姿、背、能力や精神的状態”などといった両親の条件が、彼らの子どもに影響を与えます。この法則は“遺伝の法則”と呼ばれます。

遺伝の法則は自然界での生活に必須なものです。子供は自身の存在を両親の存在に所以させ、否応なしに彼らの影響を受けることになります。

この“影響を受ける”という条件の多くは、子供にとって益となるものであり彼の肉体・精神面に良い影響を与えます。

しかし、時にはある種の損害、身体の障害、病などが起こることがあります。一人一人の人間の存在がその両親の存在に依存していることを考慮すると同時に、物質的存在が自然界には存在します。

これらの損害は、有限であり僅かではあるけれども回避不可能なものなのです。大地を緑にし、樹々を育む降雨が、生物の生活を継続させ活気づけ反映させる一方で、時には壊滅的な事態を引き起こす洪水にもなりうるようなものなのです。

 

ロ)

一部の虚弱・病弱などの結果は、妊娠中の必要な用心に対する両親の不注意や、主産後の検査、診察などを怠ったことに由来する場合があるのも事実です。

この場合、非が両親にあるのはあるのは明瞭で、神にはいかなる問題もありません。

 

ハ)

神は、先天的欠陥をもつ人々に対し、健常な人間に課す責任や義務を負わせることは決してありません。この観点から彼らに対する態度において、十分な公正さを遵守しています。

例えば、彼らに対しては聖戦への参加が免除となっており、クルアーン第48章(勝利章)第17節においてこのように仰られます。

لَيْسَ عَلَى الْأَعْمَى حَرَجٌ وَلَا عَلَى الْأَعْرَجِ حَرَجٌ وَلَا عَلَى الْمَرِيضِ حَرَجٌ وَمَنْ يُطِعِ اللَّهَ وَرَسُولَهُ يُدْخِلْهُ جَنَّاتٍ تَجْرِي مِنْ تَحْتِهَا الْأَنْهَارُ وَمَنْ يَتَوَلَّ يُعَذِّبْهُ عَذَابًا أَلِيمًا ﴿۱۷

17.ただし、盲人は(出征しなくても)罪はなく、足の障害者や病人にも罪はない。誰でもアッラーとその使徒に従う者は、川が下を流れる楽園に入らされよう。しかし誰でも背き去る者は、痛ましい懲罰が下されるであろう。

 

二)

現世は“困難、苦悩と災難”の場です。これらすべては、人間に対する試みなのです。この世においては誰一人不幸から免除されはしません。誰しもが、何らかの不幸に遭遇します。重要なのは人間が、それぞれ遭遇した不幸や災難に“耐え忍ぶこと“なのです。ある人が、ほかの人とは違う種の災難に遭遇することが神の公正と矛盾しないのと同様に、身体の障害という災難もまた神の公正に矛盾することではないのです。

 

ホ)

神は、最後の審判において障害をもつ者たちを現世で味わった困難に対して相応しい形で慰めるとともに、寛大に償われます。神とかれのしもべの関係を検討する際、その人の現世における運命のみに注目すべきではありません。そうではなくて、神が現世と来世の両方において、そのしもべに対しどのようにあられるかを見るべきです。そうすることによって、疑いや問題の多くは起こらなくなります。

病のものに対する“神の償い”という配慮ということに基づく2つのお話を読んでみましょう。

 

聾唖の男が、聖預言者ムハンマド(SAW)のところへやって来ました。彼は身振りで神の使徒(SAW)に何かを伝えようとしました。聖預言者は自分の仲間に「紙を彼に渡し、それに彼の言いたいことを書かせなさい。」と仰いました。 

 

聾唖の男は紙上にこう書きました

「私は証言する、アッラーのほかに神はなくムハンマドはかれのみ使いである!」

 

聖預言者は仲間にこう仰いました

「彼のために、メモをしなさい。そして彼に吉報を伝えなさい。なぜなら目や舌や耳や手に災いに遭い、この困難の中であっても神を讃美し、神の報奨への希望でもってその困難に耐えるムスリムに対し、神は必ず地獄の火から彼を救い、楽園に入らせられるからである。」

 

盲目の男が聖預言者ムハンマド(SAW)のもとへやって来てこう申し上げた

「神のみ使いよ!私が私の視力を取り戻せるように神にドゥアー(祈願)してください。」

聖預言者ムハンマド(SAW)は、かれの希望を受け入れ彼の目が見えるようになるよう神に祈られた。

神も聖預言者ムハンマド(SAW)のドゥアーを受け入れ、盲目の男の目をみえるようになされた。

 

それから、別の盲目の男が聖預言者ムハンマド(SAW)のもとへやって、彼もこのように申し上げた

「神のみ使いよ!私が私の視力を取り戻せるように神にドゥアー(祈願)してください。」

聖預言者ムハンマド(SAW)は仰っいました

「あなたにとって、楽園がより優れているだろうか?それとも視力を取り戻すことの方が優れているだろうか?」

彼は申し上げた

「神のみ使いよ!盲目の報奨は、楽園なのですか?」

聖預言者ムハンマド(SAW)は仰いました

「神は、そのしもべを盲目にして、その報償として彼に楽園をお与えになる以上に偉大で寛大なお方であられる。」

 

 

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