カルバラの悲劇⑯

ルカイヤ(SA)の殉教

イマーム フサイン(AS)の3歳の娘の殉教

  • ニュースコード : 789802
  • 出典 : ABNA
Brief

ヒジラ61年サファル(イスラム暦2月)5日は、ルカイヤが殉教した日である。カルバラの悲劇に関して、ヒジラ61年ムハッラム(イスラム暦1月)10日”アーシュラー”からサファル5日までの流れを簡単に説明します。

ルカイヤ(SA)は、本名ファーティマ、そしてルカイヤ、またザイナブとも呼ばれていた。

父は3代目イマームのフサイン(AS)、母はウンム イスハーク(SA):イスハークの母の意である。

 

ウンム イスハーク(SA):イマーム ハサン(AS)の妻の一人で、イマーム ハサン(AS)との間に、イスハークという名の息子があった。

イマーム ハサン(AS)の殉教後、イマーム フサイン(AS)と結婚し娘のファーティマ(ルカイヤ)を産みました。

 

 

ルカイヤ(SA)はマディーナに生まれヒジラ61年に、3歳でその偉大な父と共にカルバラに行った。イマーム フサイン(AS)の殉教後、アフルルバイト(AS)と共に捕虜としてクーファ(イラク)に、それからシャーム(シリア)に連行されました。

シリアにて、輝かしい父の”額が割れた切断された頭部”を見せられたあと、余りにも絶叫し泣き叫んだためにヒジラ61年のサファル5日、天に召されました。

彼女の遺体は、夜のうちにシリアのダマスカスに埋葬された。

彼女の聖廟(シリアのダマスカスにある)には、多くのシーアの人々が追悼の意を表すための巡礼に訪れる。

 

 

イマーム フサイン(AS)殉教後に捕虜となったアフルルバイト(AS)のその後

 

*ムハッラム10日 イマーム フサイン(AS)の殉教

*ムハッラム11日 アフルルバイト(AS)が、捕虜としてカルバラからクーファへ向かう、夜到着

*ムハッラム12日 アフルルバイト(AS)が、捕虜としてクーファに入る

*ムハッラム13日 アフルルバイト(AS)が、捕虜としてイブン ズィヤードの宴席に参加させられる

         アフルルバイト(AS)が、クーファの牢獄に入る 

*ムハッラム19日 アフルルバイト(AS)が、捕虜としてクーファからシャームに向かう

*ムハッラム29日 アフルルバイト(AS)が、捕虜としてシャームに到着

*サファル1日 アフルルバイト(AS)が、捕虜としてシャームに入る

*サファル2日 アフルルバイト(AS)が、暴君ヤズィードの宴に参加させられる

*サファル5日  ロカイヤ(SA)の殉教(享年3歳)

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