カルバラの悲劇④

ムハッラム2日の出来事(ヒジラ61年)

イマームの一行がカルバラに到着

  • ニュースコード : 783390
  • 出典 : ABNA
Brief

ヒジラ61年ムハッラム(イスラム暦1月)2日にイマーム フサイン(AS)が家族や教友といった仲間たちと共にカルバラに着いた時、イマームの馬はそこに立ち止まり前進しなくなった。

イマーム フサイン(AS)の一行がカルバラに到着

 

イマーム フサイン(AS)は「この地の名はなんであるのか?」と尋ねた。

人々は「ガーズィリイェです」と答えた。

「別名があるだろうか?」

「シャーティル・フラートとも言う」

「他にも名前があるだろうか?」

「・・・カルバラ(「苦難、拷問の地」の意)です。」

 

カルバラという地名を聞いたイマーム フサイン(AS)は宣言した

「神に誓って、まさにここがカルバラの地である!

神にかけて人々がここにおいて私たちを殺害するであろう!

神にかけて、わたしたちの子女が捕虜となる!

神にかけて私たちのテントがここで焼かれる!

ここは私の祖父である聖なる預言者が預言した土地である。

彼の預言は必ず実現するだろう。」と。

そして、そこにキャンプのテントを張るように命じた。

 

クーファの民に宛てたイマーム フサイン(AS)の手紙

 

カルバラに到着したイマーム フサイン(AS)は、ムハッラム2日のこの日クーファの要人に宛てて手紙を書くと、それをクーファに届けるようにとゲイスに渡した。

イマームの命に従い出発したゲイスであったが、クーファへの途上に居た見張り人に捕えらえてしまった。彼はヤズィードとイブン ズィヤードに反する発言をしたために殺され、殉教の栄誉を得た。

 

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