シーア派

12代目イマーム イマーム マハディー (عج) その②

マハディ(عج)の出現について

  • ニュースコード : 782280
  • 出典 : ABNA
Brief

シーア派12代目イマーム イマーム マハディ(عج)について紹介いたします。

マハディ(عج)の出現について

「預言者」また「イマーマト」について論議する際に、すべての創造物を支配する全般的な導きの法の結果、人間は人間の規範の完成と人間を幸福へと導く予言によって啓示を受ける能力を付与されている必要があることを示された。もしこの完成と幸福が社会的面をもつ人間にとって不可能であるとするならば、人間にこの能力が付与されているという事実そのものに意味がなくなり無駄になる。しかし創造には無駄はない。

 別の言葉で言えば、人間がこの地上に住み着いてから、人間は本当の意味で幸福に満たされた社会生活を送ろうと欲し、そのために努力してきた。もし食料がなければ空腹がないのと同じ理屈で、もし欲望に目的とするものがなければ人間の内的本性に何も感じないであろう。あるいはもし水がなければ渇きもなく、もし生殖ということがなければ両性の間に性的魅力も起こらないであろう。

 それゆえ内的に必要であるとし、決断することによって将来人間社会が正義に満たされ、すべての者が平和で平穏に生活し、人間が高潔と完全に満たされる日が来るであろう。そのような状態を確立することは人間の手によってであるが、しかし神の援助がなければ起こらないであろう。人間の救い主であるそのような社会の指導者はハディースの中の言葉では「マハディー(عج)」あるいは「マフディー(عج)」と呼ばれている。

(*「マハディー(عج)」あるいは「マフディー(عج)」というアラビア語は「導く」「道を示す」「復活の道(正しい道)の上を歩み、正しい信仰に導く」などを意味する「ハダー」هدیという動詞から派生した名詞で「正しく導かれたもの」を意味する。)

 

ヒンズー教、仏教、ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教そしてイスラム教のような世界を指導しているいろいろの違った宗教には、人類の救いのために現れる人物について言及されている。これらの宗教はその教えを詳細に注意深く比較すると、お互いに多少違う点があるが、全体としては「救い主が来るという幸せな知らせ」を伝えている。ところですべてのムスリムたちが正しい伝承であると合意している聖預言者ムハンマド(SAW)のハディースには“「マハディー」は私の子孫から“「マハディー」は私の子孫からである“と述べられており、それは同じ真理に関連している。

“マハディー(عج)は私の子孫から”とか“彼の出現によって人間社会は真実の完成、精神的生活が十分に実現されるようになる”といったマハディー(عج)の出現に関する聖預言者及びイマームたちの数多くのハディースがスンニ派およびシーア派によって伝承されている。さらに「マハディー(عج)」は11代イマーム ハサン アル・アスカリー(AS)の息子であるということに関する数え切れないほどの伝承がある。それらはすべて“「マハディー(عج)」は生まれた後、長い超自然の状態(神隠し)の後、再び現れ、不正義と不幸へによって腐敗されている世界を正義で満たす”という点で一致している。 

 例えば8代目イマーム アル・リダー(AS)はハディースの講義の中で”わたしの後のイマームはわたしの息子のムハンマドである。彼の後はその息子のアリーである。アリーの後はその息子のハサンであり、ハサンの後はその息子のフッジャトゥル・カーイムであって、彼はその神隠しの間その出現を皆が待ち焦がれる。彼が現れる時には皆が彼に従う。もし世界から1日だけ残されるとするならば、アッラーはその日を「マハディー(عج)」が現れて正義を満たすまでその日を延ばされるであろう。しかし何時?「その時」については、まことに私の父はそれを彼の父から聞いたと言って語った。父の父はまたその父から・・・・最初はアリーから聞いた。そのアリーは聖預言者(SAW)に聞いた。:“おぉ!神の預言者よ、いつあなたの家からの「アル・カーイム」が現れるのでしょうか?”と。聖預言者(SAW)は言った“彼の出現の時は、(復活の)その時の場合と同じである。つまり、“かれ(アッラー)だけがそれを適切な時に明らかにされるであろう。それは天と地にとって重大である。それは汝たちが知らぬ形で来る(クルアーン7:187)“と。

 

サクル アビー ドゥラフは言っている:“わたくしは9代目イマーム ムハンマド イブン アリー アル・リダー(AS)から聞いた。イマームは言った:「わたしの後のイマームは息子のアリーである。彼の命令はわたくしの命令であり、彼の言葉はわたしの言葉であり、彼に従うことはわたしに従うことである。彼の後のイマームは彼の息子のハサンである。彼の命令は彼の父の命令であり、彼の言葉は彼の父の言葉であり、彼に従うことは彼の父に従うことである。」と。これらの言葉の後でイマームは沈黙した。わたくしはイマームに言った「おお、預言者の息子よ!ハサンの後のイマームは誰ですか?」と。イマームは断固たる調子で宣言するように言った「まことにハサンの後は彼の息子の『アル・カーイム ビル ハック』であって、『待たれているイマーム』である」と。(*『アル・カーイム ビル ハック』は「真理によって支えられたもの」と訳されているが、「真理と共に永遠にあるもの」あるいは「真理と共に立ち上がるもの」などの意を含んでいる。)

 

ムーサー イブン ジャッファル バグダーディーは言っている:わたくしは11代目イマームイマーム アブ ムハンマド アル・ハサン イブン アリー(AS)から聞いた。イマームは言った「わたしの死後、わたしの後任のイマームについてあなたたちの間に意見の違いが起こる。それについて神の預言者とイマームたちは受け入れるがわたしの息子を拒否する者は丁度、すべての預言者たちを受け入れるが神の預言者であるムハンマド(SAW)が預言者であることを受け入れない人間のようなものである。神の預言者ムハンマド(SAW)を拒否する者はすべての神の預言者たちを拒否するものである。われわれの最後の者に従うことは最初の者に従うようなものであり、われわれの最後の者を拒否する者は最初の者を拒否するようなものである。しかし注意せよ!わたしの息子は長い間『カイブ』の状態に入る、その間アッラーが守られる者の他はすべての人が疑うようになる」と。

 

(註:この『カイブ』はイスラームにおいて最も理解しがたい点であると同時にイスラームの奥義がこの『カイブ』の中にあるということが出来る。この『カイブ』のことを一般に「神隠れ」と理解しているが、それは単なる「神隠れ」ではなくして「超能力の状態に入った」ことを意味している。すなわち普通の五官でもってしては見ることも触れることも聞くこともできないのであるから、現象的には「神隠れ」あるいは「不在」のように見える。しかし断食、祈り、禁欲などによって霊的にある高さに魂を高めた人はいつでも会うことが出来るといわれている。不思議なことにイマームたちは「マハディー(عج)」を除いてすべて殉教している。神秘的なことにクルアーンの原本はこの「マハディー(عج)」の手にあるといわれていることである。聖預言者(SAW)のハディースには「クルアーンには明らかな意味と秘められた意味の7つの意味がある」と言われているが、その7つの意味を全部知っているのは『カイブ』の状態にあるイマーム マハディー(عج)だけである。この中には正に世界平和の鍵がある。)

 

シーアイズムに反対する者たちは、“シーアの教えによれば、この隠れたイマームは既に1100年以上にわたって生きていることになり、このことは人間としてあり得ないことである”と抗議する。この抗議は「そのようなことは有り得ないように思われる」ということを基礎にしているだけのことであって、絶対不可能であるというわけではないことを知らなければならない。もちろんそのような長い人生、あるいはもっと長い期間の寿命は「有りそうにない」。しかし聖預言者(SAW)とイマームたち(AS)のハディースを研究する者たちは誰でも、このような寿命の持ち主を奇跡的あるいは超自然的資質を持った特別な者として言及しているのを知っている。もちろん科学的討論によって、奇跡は決して不可能ではないし奇跡を否定することもできない。世界に働いている原因と動因はわれわれが見たり知っているものだけではなく、われわれが知らない原因あるいは我々がその結果或いは作用を見たり理解することのできない原因が存在しないと証明することは決してできない。このようなことを考えれば、人類の中の一人あるいは数人の中には千年あるいは数千年の寿命を与える何らかの原因あるいは作用が働くことが有りうるということになる。医学は非常に長い寿命を可能にする道を発見する希望を捨ててはいない。とにかくユダヤ人、キリスト教徒、そしてイスラーム教徒のような「啓典の民」がこのことについて抗議するのは全く不思議なことである。なぜならば、彼らは彼らの聖なる啓典によって神の預言者たちの奇跡を受け入れているからである。

 

 シーアイズムの反対者たちはまた“シーアは宗教的命令と真理を解釈説明し人々を導くためにはイマームが必要であるという、そのイマームが「神隠れ」あるいは「不在」であるというのは矛盾であって、目的を否認することになるのではないか?なぜならばイマームが人間によって達することのできない「神隠れ」の状態というのでは何も得るところがなく有効ではないからである”と言う。反論者たちはまたいう:“もし神が人間を改善するためにイマームをもたらされるとするならば、神は彼をその必要とする時に創られればいいのであって、何千年も前に創られる必要はないはずである”と。

 

それに対する答えは

“それらの人たちはイマームの本当の意味を理解していないのである。なぜならばイマームの義務はただ単に宗教的事柄について形式の上から説明し、人々を形の上で導くだけではない。イマームは人々の外面的導きと同時に内面的導きをし、さらに人々を秘儀の面でも導かなければならない。人間の精神的面を指導し、人間の内的面を神に向かわせなければならない。このことは彼が五官の上から見て「見える見えない」ということは何ら影響ない。イマームは人々の肉眼からは隠れていても人々の魂、精神と交流している例えば未だ彼が外面的に現れ、彼がもたらす宇宙的再建の時がまだ来ていないとしても彼の存在は常に必要である”

 「イスラーム案内(シーア的観点より) 澤田沙葉 訳」より引用

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